本木雅弘、還暦の間(あわい)に立つ

還暦を迎えた朝、東京の自宅で。
© Kazuhiro Nakamura

本木雅弘という俳優は、いつも少しだけ時代の中心から距離を置いているように見える。
その距離感こそが、彼のスタイルなのかもしれない。

俳優として長く第一線にありながら、過剰に語らず、SNSにも姿を現さない。作品のなかでは強い存在感を放つ一方で、日常の情報空間からは静かに身を引いている。その不在のあり方もまた、本木雅弘という人の輪郭をかたちづくってきたように思う。

その本木が、還暦という節目を通過したいま、一冊の写真集を刊行した。タイトルは『awai 刹那と永遠のまにまに』。長年の友人である写真家・中村一弘が撮影し、本木自身の言葉が添えられている。

撮影は東京、京都、ロンドンでおこなわれた。京都では、映画『黒牢城』の撮影の合間の時間も写しとめられている。さらに、20代のころ中村や仲間たちと旅をしたインドでの写真も収録されている。

現在の本木雅弘と、若き日の時間。俳優としての姿と、ひとりの人間としての記憶。そのいくつもの層が、断片のように重なり合っている。

還暦は、人生の現在地である

この写真集について本木は、還暦を単なる個人的な節目としてではなく「人生という旅の中での現在地」のようなものとして見せたかったのだと語る。

還暦という言葉には、どこか祝祭的な響きがある。赤いものを身につけ、人生の節目を周囲が祝う。写真集には、2025年12月21日、60歳を迎えたその日に東京で撮影された写真も収められている。

自宅で迎えた朝、そして銀座中央通りを、闘牛士のように赤い布を翻しながら歩く姿。そこでは還暦という節目が、都市の日常のなかに、ひとつの身振りとして置かれていた。

還暦を迎えた日、銀座中央通りを歩く。
© Kazuhiro Nakamura

けれど本木は、ことさらに年齢を強調しているわけではない。むしろ、いま自分がどこに立っているのかを確かめているかのようだ。

年齢は顔だけに現れるわけではない。立ち方、歩き方、誰かに撮られるときの間、そして、何を見せ、何を見せないかという判断のなかに、時間がにじんでいる。そこに写っているのは、還暦を迎えた俳優の肖像であると同時に、時間を重ねたひとりの人間が、もう一度自分の輪郭を見つめ直す姿でもある。

「本木雅弘」と「内田雅弘」の間(あわい)

写真集の大きなテーマとして語られていたのが、俳優としての本木雅弘と、実人生を生きる内田雅弘の間(あわい)である。

撮影の一部は、映画『黒牢城』の撮影期間中にもおこなわれた。本木は、役を離れた状態で写真撮影に臨んでいたと話した。ただし、身体には、映画の役の気配も残っている。完全に役のなかにいるわけではない。けれど、日常の素顔に戻っているわけでもない。

映画『黒牢城』の撮影期間中、京都でのひととき。
© Kazuhiro Nakamura

中村は、なるべく「素」を撮りたかったという。一方で本木は、撮られる側として、カメラマンが求める画をどこかで察知し、反応してしまう。そのままを撮ろうとする視線と、見られることを知っている身体。そのあいだに、俳優としての本木雅弘と、ひとりの人間としての内田雅弘の間(あわい)が立ち上がる。

中村は、30年以上前にも本木を撮っている。中村の自宅で撮られたという当時の写真も、今回の写真集に収められている。ひとりの写真家が、同じ人物を長い時間を隔ててもう一度撮る。その行為には、再会というより、互いの時間を改めて見つめなおすようなところがあっただろう。

写真と言葉が、説明し合わない場所

この本には、写真だけではなく、傍らに本木自身による短い言葉の断片が置かれている。しかし、それらはキャプションのように写真を説明するものではない。

本木は、当初から写真と言葉を合わせる企画だったわけではないと語った。アートディレクターから、本人の内面が垣間見えるものとして「還暦おじさんのつぶやき」でいいと促され、書き始めたという。

それらの言葉には、どこか少し陰りがあるように感じられる。本木自身も、言葉にはまずどこかにネガティブなものが入っていると話す。いったん否定しながら最後に持ち上げる。素敵なものを見ても「でも、こうかもしれない」と考える。そこには陰と陽、その両方があるのだという。

その揺れが、写真と重なる。

けれど、写真と言葉は互いを説明し尽くさない。言葉は写真の意味を固定せず、写真もまた言葉の証拠にはならない。両者のあいだに残された余白に、見る側の記憶や時間が入り込む。

この説明し合わない場所こそが、『awai』というタイトルの核心なのかもしれない。

引力に逆らわない60代へ

還暦を過ぎたことについて、本木は、体力の衰えも含めて、ようやく「引力に逆らわない自分」になってきたと語った。無理に跳ぼうとするのではなく、大地とつながるような感覚。その言葉には、年齢を重ねた自分を否定せず、受け止めようとする手触りがあった。

それでも、これからのことを問われると、自ら崖に近づき、最後のひと押しは誰かに委ねるような人生が続くといい、と話した。そこには、静かに見える本木雅弘という俳優の内側にある、表現への執着がのぞく。

ロンドンの街角で。
© Kazuhiro Nakamura

還暦は、若さの終わりではない。

ここに写っているのは、年齢とともに変わる身体やまなざしを、表現の場へ差し出す姿である。

本木雅弘は、還暦の間(あわい)に立っている。

俳優としての顔と、ひとりの人間としての時間。過去と現在、刹那と永遠。そのあいだにある揺らぎが、写真と言葉の重なりのなかに確かに残されている。

『awai 刹那と永遠のまにまに』

Information:『awai 刹那と永遠のまにまに』(写真:中村一弘、文:本木雅弘)は、トゥーヴァージンズより2026年6月12日(金)発売。刊行を記念した写真展「”awai” Masahiro Motoki × Kazuhiro Nakamura Photo Exhibition」は、2026年6月11日(木)から6月21日(日)まで、東京・渋谷のNONLECTURE books/artsにて開催

Book: トゥーヴァージンズ
Venue: NONLECTURE books/arts