あの巨大な光がもうない時代に ──映画『マイケル』が呼び起こした、音楽と人生の記憶

アナログレコードのイラスト

中学生のころ、同級生が『スリラー』のLPレコードを貸してくれた。

それまでは、歌謡曲やニューミュージックを聴いていた。テレビから流れてくる曲や家の中や街に自然にある日本語の歌。音楽とは、そういうものだと思っていた。

ところが、その1枚で私の中の音楽の意味が変わった。

マイケル・ジャクソンの声と圧倒的なリズム。そこには、それまで聴いていた音楽とはまったく違う世界があった。洋楽はなんと格好いいのだろうと思った。

コンサートに通ったわけでも、部屋にポスターを貼っていたわけでもない。けれど、マイケル・ジャクソンはいつもどこかにいた。テレビの中に、ミュージックビデオの中に、雑誌の中に、街の音の中に。彼は、つねに世界に存在している人だった。

いま思えば、あのころのスターは遠かった。SNSもYouTubeもなく、洋楽番組やラジオ、雑誌の記事を通して、断片的に音楽を聴き、その姿を見るしかなかった。スターは遠くにいるから、まぶしかった。

マイケルは、いつもその中心にいた人だったと思う。


2009年6月26日金曜日の朝、テレビのニュースで彼の死を知った。

そのとき同時に考えていたのは、編集者としての仕事のことだった。数日後の月曜日には、自分がまとめ役として創刊するはずだった雑誌が、別の人気雑誌の名を冠した1号限りのムックとして書店に並ぶことになっていた。

世界からひとつの巨大な光が消えた朝、ひとつの企画が思っていた場所には届かないまま、さらに別の大きなニュースの陰に入っていこうとしていた。

ここまでやったと言いたかったものが、別のかたちに変わってしまう。仕事をしていれば、そんなことはいくらでもある。けれど、その朝、輝く光の消滅とともに、私の中でも何かが終わってしまった。


映画『マイケル』は、日本での公開からまだ間もない。

スクリーンに映るのは、甥のジャファー・ジャクソンが演じるマイケルの子ども時代、家族、ステージ、音楽、ダンスだ。父ジョセフの支配と家族ビジネス、そして才能ゆえに幼いころから背負わされてきた役割。それは見ているこちらにも伝わってくるほどの痛みをともなう。

映画の中で、入院しているマイケルがつぶやく場面がある。

I have to shine my light, spread love and joy, and to heal. That is my destiny.

——僕は光になって愛と喜びを広め、そして癒すんだ。それが僕の運命だから。スクリーンの中のこの言葉を聞いたとき、ああ、この人はこのとき光になったんだ、と思った。

映画のラストは1988年、バッド・ワールド・ツアーにおけるロンドンのウェンブリー・スタジアムのライブを再現した映像で終わる。父の関与をきっぱりと断ち切った場面の直後、マイケルは自分の足でステージに立つ。

その瞬間の、身体のわずかな動きだけで世界を黙らせるような圧倒的な存在感を見ながら、私はずいぶん昔の自分のことを思い出していた。そして、彼がもうこの世界にいないことも。

映画を観た後、故郷の友人にそのことを話した。あれほど好きだったのに、私たちはなぜ彼をもっと大切にし続けなかったのだろう——。彼女はそう言った。強い光は強烈な影もともない、世界が彼を傷つけ続けた日々の末に亡くなった。

私はマイケルをずっと追いかけていたわけではない。けれど、いつしか見捨てていたも同然だったのかもしれない。


映画を観ている間、私はマイケルの人生をたどっているようで、実際には自分の時間をたどり直していた。

中学生のころに借りたLP、何度も耳にして身体のすみずみまで染みこんでいる曲。編集者として自分の場所を作ろうとしていたころの日々、思っていた形では実現しなかった仕事。そして、彼の死を知った朝のこと。映画の中で聴き慣れた歌が流れるたび、記憶も少しずつ呼び起こされていく。

私はもう、彼が亡くなったときの年齢を越えている。

かつて50歳でこの世を去ったスターは、遠い世界の人だった。けれど、いまは違う。彼がこの世を去った年齢の先を、自分は生きている。そこに立つと、マイケル・ジャクソンは「キング・オブ・ポップ」という称号の向こうから、もう少し別の姿で現れてくる。

巨大な光だったけれど、永遠ではなかった人。誰もが知っているのに、誰もその孤独の内側には入れなかった人として。

マイケルはもうこの世にいない。その光を見上げることのできた時代も、もう戻らない。それでも、彼が放った光は今もどこかで世界を照らしている。

そのあとを、どう生きるのか。

それは、彼を見送った私たち一人ひとりに委ねられた問いなのだと思う。

English Summary

Watching the film Michael became less an act of revisiting Michael Jackson’s life than of tracing one’s own memories through his music.

From a borrowed Thriller LP in junior high school to the morning news of his death in 2009, the article reflects on how one extraordinary light shaped a personal sense of music, work, time, and aging.

Michael Jackson is remembered here not as a subject to be judged, but as a presence that once illuminated the world — and still asks how we live after that light is gone.

Illustration by By Yuniaz