言葉の前で立ち止まる ——蔡康永『どれくらい自分を忘れていたのか?』

蔡康永《How long have you been a stranger_A1》2026、
65.0×80.0cm、アクリル・カンヴァス

三つ編みの少女の後ろ姿。肩にかかる淡い黄色の服の縁に、短い文章が見える。”How long have you been a stranger to yourself?”──どれくらい自分を忘れていたのか?

蔡康永(ケヴィン・ツァイ/K. Tsai CAI)の絵には、文字が書き込まれている。画面の主役として書かれているのではなく、服の縁、本のページ、物の表面に沿って配置されている。絵を見るというより、絵のなかの文字を読む。読んだあとで、その問いが自分に向けられていたと気づく。

台湾を代表する司会者・作家であり、映画を学び、現代アートにも深く関わってきた人である。メディア、出版、映像、視覚芸術を横断しながら、蔡康永は一貫して、言葉が人のアイデンティティや他者との関係、自己理解をどのように形づくるのかを探ってきた。

蔡康永《Let it be
A1》2026
蔡康永《Let it be_A1》2026、
50.0×60.0cm、アクリル・カンヴァス

現代アートにおいて文字は、社会批評やグラフィティの記号として、強いメッセージを帯びることも少なくない。けれど蔡康永の文字は、そこへは向かわない。「これはもともとあなたの絵だった。私はそれを見つけ出す手伝いをしただけ」と彼は言う。

作品は作家の自己表現ではなく、見る人が自分自身を思い出すための装置になる。画面に描かれた言葉は、情報として読まれるのではなく、忘れていた感情や、うまく名づけられなかった記憶に触れるものとして立ち上がる。

蔡康永《I am free_B1》2026、
40.0×50.0cm、アクリル・カンヴァス

本のページに記された “let it be” も、一字ずつ色を変えて並ぶ「我自由了」も、言葉であることに変わりはない。けれど作品では、それらは読まれるだけではなく、見て、感じるものにもなっている。どの場所にどんな色で置かれ、どれくらいの余白に囲まれているのか。言葉はその見え方によって、受け取り方を変える。

通知やメッセージ、誰かの正しさ。私たちは毎日、膨大な言葉に触れているのに、ひとつの言葉の前で立ち止まる時間は少ない。蔡康永の作品は、その速度を少し変える。絵のなかの言葉を読むとき、問いは静かにこちらへ返ってくる。あなたはどれくらい自分を忘れていたのか、と。

Information:
蔡康永『どれくらい自分を忘れていたのか?』は、2026年7月1日(水)から7月25日(土)まで、東京・銀座のホワイトストーンギャラリー銀座新館にて開催。

Official: Whitestone Gallery
Images courtesy of Whitestone Gallery